「Helvetica」は、おそらく世界で最もよく使われているフォントだろう。1957年に誕生したこの書体を紹介する動画は、「Helveticaは水のようだ」というナレーションで始まる。
サンセリフの簡素な字形には「ユビキタス」という形容詞がぴったりで、ニューヨーク市の地下鉄の案内表示や、アメリカン航空、アメリカンアパレルといった企業のロゴに採用されている。このフォントで「John & Paul & Ringo & George.」と書かれた有名なデザインのTシャツもある。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)では2007年、Helveticaの誕生50周年を祝う記念展覧会が開かれた。デザイナーのダニー・ヴァン・デン・ダンゲンは当時、『ニューヨーク・タイムズ』のインタヴューに対し、「Helveticaのように完璧につくられたものなら、数百年はもつはずです。優れた建築作品と同じです」と話している。
リニューアルするときがやってきた
ただ、チャールズ・ニックスはこの書体が気に入らなかった。ニックスはフォントヴェンダーのMonotypeでディレクターを務めている。Helveticaのライセンスを保有しているのもMonotypeだが、ニックスは以前から、Helveticaは小さいサイズだと読みづらいし、カーニングもおかしいと感じていた。
グラフィックデザインの世界では、Helveticaを読みやすくするさまざまな工夫が知られている。例えば、カンマ(,)やピリオド(.)だけサイズを大きくするといったことで、ニックスは「こうした状況は冗談で、“Helveticaのストックホルム症候群”と呼ばれています」と話す。
ニックスを含むMonotypeのデザイナーチームは数年前、Helveticaをリニューアルするときがやってきたと考え始めた。無個性で目立たないはずのこのフォントも、あまりにもいたるところで使われたことで、鼻につくようになってきたからだ。
ロゴやブランディングにHelveticaを採用していた企業が、別のフォントでデザインの刷新を図る事例がよくあった。例えば、グーグルは2011年にHelveticaの使用をやめ、独自のフォント「Roboto」を導入した。アップルは2013年にオリジナルのフォントを使い始めたし、IBMやNetfixも同じ動きを見せている。
再び、Helveticaに恋に落ちる
そしてとうとう、アルファベットだけでなく数字や記号、句読点も含め4万字すべてをデザインし直した新作フォント「Helvetica Now」が登場した。Monotypeはこの新しいフォントによって、永遠の定番とされてきたHelveticaが魔法の力を取り戻すことを期待している。
VIDEO COURTESY OF MONOTYPE
Helvetica Nowは、「Apple Watch」の小さな画面から巨大な屋外広告まで、どのような状況でも一定の判読性を確保することを目指してつくられた。改良には2年を要したが、ニックスは新しいフォントによってHelveticaが再評価されるよう願っている。